日本武道館や東京ドームが「音楽の殿堂」と呼ばれる一方で、国立競技場が「別格の聖地」と位置づけられる最大の理由は、主催者側の資金力や動員力だけでは突破できない極めて厳格な審査基準と開催制限にあります。
旧国立競技場の時代から、音楽利用は「原則として年に1組のみ」という暗黙の鉄則が存在していました。解体直前の2014年こそ立て続けに公演が許可されたものの、基本方針としてスタジアム運営元である日本スポーツ振興センター(JSC)が課すハードルは、民営のドーム球場とは根本的に異なります。
第一の壁となるのが、「天然芝の徹底保護」です。国立競技場はサッカー日本代表戦や陸上競技の国際大会を開催する最高峰のスポーツ施設。アリーナ面に観客席を設営し、巨大なステージ資材を搬入することは、デリケートな天然芝に甚大なダメージを与えます。設営から本番、撤収までの数日間にわたり、通気性と遮光性を両立した特殊保護マットを敷き詰める技術的制約があり、芝の養生スケジュールとスポーツ公式戦の兼ね合いがつかない限り、音楽イベントに貸し出されることはありません。
第二の障壁は、「周辺環境への騒音・振動対策と厳格な門限」です。競技場が位置する神宮外苑周辺は、明治神宮外苑の緑に隣接しながらも、青山、千駄ヶ谷、信濃町といった都心の高級住宅街に囲まれています。新国立競技場は木材を多用した美しいすり鉢状の屋根を備えていますが、フィールド上空は完全に吹き抜けており、ドーム球場のような完全防音構造ではありません。低音域の重低音や観客数万人の歓声は、数百メートル離れた居住地域まで直接届きます。
関係各所への取材によると、近隣住民への配慮として「終演時間は21時00分厳守」と定められており、1分たりとも過ぎることは許されません。音響測定器を近隣地点に複数配置し、デシベル値の監視が常時行われます。さらに、退場時の群衆事故を防ぐための信濃町駅・千駄ヶ谷駅・国立競技場駅・外苑前駅への分散誘導計画、警察・消防との綿密な警備協定を結ぶことが申請の必須条件となります。これらの社会的要請をクリアし、数億円単位にのぼる養生・警備コストを自己負担できるアーティストだけが、最終的な舞台に立てるのです。