日本に一番近い島々を巡る議論で避けて通れないのが、北方領土問題と国境線の真相です。第2次世界大戦末期の1945年8月から9月にかけて、ソビエト連邦軍は日ソ中立条約を破棄して千島列島および北方四島へ侵攻し、全域を占領しました。以降、ソ連崩壊を経て現在に至るまで、ロシア連邦による不法占拠と実効支配が続いています。
外交青書や各種公式記録によれば、日本政府は1855年の日露通好条約によって平和裏に画定された「択捉島とウルップ島の間」を正当な国境線と主張し続けています。しかし、現地の海上に敷かれているのは、ロシア連邦保安庁(FSB)国境警備局が厳重に警備する「事実上のデファクト・ボーダー」です。
納沙布岬の展望塔「望郷の家」を訪れると、観光望遠鏡の視界いっぱいに貝殻島のコンクリート製灯台が映し出されます。昭和期にはコンブ漁を行う日本の漁船が拿捕(だほ)される事件が頻発し、拿捕の恐怖と隣り合わせで操業が続けられてきました。1963年以降は民間協定に基づく「貝殻島昆布採取協定」によって操業枠が維持されているものの、境界線を数メートルでも越えれば拿捕される極度の緊張感が海峡を支配しています。
「法的な国境線」と「軍事力に裏打ちされた実効支配線」がこれほど至近距離で乖離している地点は、世界的に見ても極めて稀有な事例です。