藤本敏夫と赤軍派の真相|加藤登紀子との獄中結婚から現在まで

藤本敏夫と赤軍派の真相|加藤登紀子との獄中結婚から現在まで

藤本敏夫と赤軍派の真相|加藤登紀子との獄中結婚から現在までの全貌を丁寧に掘り下げてご紹介します。

藤本敏夫氏の激動の半生を語る上で欠かせないのが、歌手・加藤登紀子氏との運命的な出会いと、前代未聞の獄中結婚です。

二人の邂逅は1968年、東大卒業生であった加藤氏が母校の学園祭コンサートに出演した際、学生運動のリーダーとして楽屋へ挨拶に訪れた藤本氏と対面したことがきっかけでした。互いに強い知性と情熱を感じ取った二人は、国家権力から追われる活動家と、スター街道を駆け上がる人気歌手という正反対の立場にありながら、急速に惹かれ合っていきます。

しかし、過酷な現実が立ちはだかります。1972年、藤本氏の実刑判決が最高裁で確定。中野刑務所へ収監される直前、二人は婚姻届を提出しました。加藤登紀子氏が周囲の猛烈な反対やレコード会社の懸念を跳ね除け、「愛する人が囚われの身になろうとも共に生きる」と覚悟を決めた瞬間でした。収監中の1972年12月には、長女を出産。面会室のアクリル板越しに我が子を抱かせることもできないまま、二人は膨大な書簡を通じて愛と思想を交わし続けました。

当時のワイドショーや週刊誌は「アカの闘士と歌姫の愛憎劇」とセンセーショナルに書き立てましたが、加藤氏の手記によれば、藤本氏からの手紙は政治的な扇動ではなく、自己の未熟さへの省察と、未来の社会をどう創るべきかという純粋な思索に満ちていたといいます。この約3年8ヶ月に及ぶ獄中生活が、藤本氏を「破壊」から「再生(農)」へと向かわせる決定的な転換点となったのです。

小林 直樹
著者

小林 直樹

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