主要メンバーの脱退が報じられるたび、SNSや知恵袋、ネット掲示板を賑わせたのが「リトグリ不仲説」でした。テレビ番組の歌唱シーンにおける視線の配り方や、トーク中の立ち位置の微妙な距離感を切り取り、「芹奈と他メンバーの間に確執があった」「特定のメンバーが孤立していた」といった憶測が長年飛び交いました。
しかし、当時の密着ドキュメンタリーや関係者の証言を丹念に検証すると、実態は安易な「いじめ」や「私怨」といった低俗な構図とは大きく異なります。
リトグリは「最強歌少女オーディション」を契機に、全国から歌唱力自慢の精鋭だけを集めて結成されたプロフェッショナル集団です。結成当時、彼女たちは10代前半。友情で結ばれた幼馴染ではなく、全員が「自分が一番歌える」という強烈な自負を持ったライバル同士でした。パート割り一つをとっても熾烈な競争があり、リハーサル室では妥協を許さない激しい議論が日常茶飯事でした。
手記やインタビューで彼女たち自身が語った言葉を振り返ると、そこにあったのは仲良しクラブの甘さではなく、「職人気質の表現者たちがぶつかり合う現場の緊張感」です。ファンコミュニティの古参リスナーも次のように指摘しています。
「ライブ現場のMCやバックステージでの姿を見ていれば、ギスギスした不仲でないことは明らかだった。ただ、全員の個性が強烈すぎた。互いの歌声を誰よりもリスペクトしていたからこそ、妥協したコーラスワークが許せなかったのだと思う」
残されたかれん、MAYU、アサヒの3人が、芹奈とmanakaの休養中もグループの看板を背負って全国ツアーをやり遂げ、卒業に際しても温かいエールを送り合っていた事実こそが、泥沼の不仲説を真っ向から否定する決定的な証拠といえます。