次原悦子氏のキャリアを語る上で欠かせないのが、高校在学中の17歳で起業したという規格外の原体験です。1985年に実母の次原憲子氏とともに有限会社サニーサイドアップを設立した背景には、決して華やかな成功ストーリーばかりではなく、切迫した家庭環境と自立への強い執念がありました。
父親の事業トラブル等により、実家が深刻な経済的危機に直面。多感な十代にして「自分たちの力で稼ぎ、家族を守らなければならない」という極限状態に追い込まれたことが、創業の決定的な引き金となりました。当時、兄である次原隆二氏は『週刊少年ジャンプ』で大ヒット作『よろしくメカドック』を連載する売れっ子漫画家として家計を支えていましたが、妹である次原氏もまた「自らの足で立つ」道を選択します。
当初は小さなPRオフィスとしてスタートし、イベントの企画運営やメディアへの露出支援など、泥臭い営業活動を積み重ねました。大手広告代理店が独占していた昭和から平成初期のメディア業界において、「前例がないなら自分たちで作る」という反骨精神こそが、サニーサイドアップの強固なDNAとして形成されていきました。