安倍晴明は後世の創作物において超常的な術を操る魔術師のように描かれがちですが、史実における晴明は、平安朝廷に仕えた当代屈指の国家公務員・科学者(天文博士)でした。921年(延喜21年)に生を受けた晴明は、陰陽博士の賀茂忠行・保憲父子に師事。若年期は目立った出世を遂げなかったものの、天体の運行を緻密に観察し天変地異や吉凶を予言する並外れた才能によって頭角を現しました。
朱雀天皇から一条天皇に至るまで歴代天皇や、時の権力者・藤原道長の絶大な信任を獲得した晴明は、主計権助や天文博士を歴任。当時の平均寿命を遥かに超える85歳まで現役の官僚として生き抜き、1005年(寛弘2年)に没しました。その死を悼んだ一条天皇の命により、1007年(寛弘4年)に晴明の屋敷跡に建立されたのが晴明神社の起源です。
神社のいたるところに見られる特徴的な社紋が、星型を描く「五芒星(ごぼうせい)」、別名晴明桔梗(せいめいききょう)です。西洋のペンタグラムにも酷似するこの図形は、万物の根源をなす「木・火・土・金・水」の陰陽五行を表し、一筆書きで描かれることで「隙間がなく魔の侵入を許さない」究極の結界図形と位置づけられています。鳥居の額板に神仏の名ではなく社紋そのものが刻まれている神社は日本全国でも極めて稀であり、晴明神社の唯一無二の結界思想を今に伝えています。