1970年代のロキシー・ミュージックといえば、ブライアン・イーノが在籍した初期の実験的グラムロックや、前衛的なアート・ロックの旗手として知られていました。しかし、1982年発表のラスト・アルバム『Avalon』において、バンドはかつてない劇的な変貌を遂げます。過剰な装飾を削ぎ落とし、極限まで磨き抜かれた音響空間とエレガンスを追求した結果、全英チャート1位を獲得し、世界中で通算数百万人規模のリスナーに愛聴される歴史的名盤となりました。
当時のスタジオ記録やメンバーの手記によると、バハマのナッソーにあるコンパス・ポイント・スタジオで行われたレコーディングは、ブライアン・フェリーの完璧主義が極限まで発揮されたセッションでした。リズムトラックの微細なニュアンスからリバーブの減衰音に至るまで徹底的な美意識が貫かれ、結果として「大人による大人のための究極のポップ・ミュージック」が完成したのです。
しかし、この完璧な美の到達点こそが、皮肉にもロキシー・ミュージック解散の決定打となりました。ギタリストのフィル・マンザネラやサックス奏者のアンディ・マッケイは、後のインタビューで「『Avalon』を完成させた瞬間、この形態のバンドでこれ以上到達できる領域はないと全員が悟った」と述懐しています。フェリーのソロ・プロジェクト的な性格が強まったことも重なり、ツアー終了後の1983年、バンドは絶頂期のなかで事実上の活動停止(解散)を選びました。「More Than This」は、グループが美の頂点を極めた瞬間に残された、奇跡的な白鳥の歌だったのです。