ネット上の言説の中には、本作の内容を巡るいくつかの誤解や極端な解釈も見受けられます。客観的な事実に基づき、それらの盲点を整理します。
第一に、「作中の医師や看護師が淡々と事務的に中絶をこなしているように見え、冷酷ではないか」という誤解です。医療現場において従事者が過度に感情移入してしまうと、正常な医療判断が下せなくなる「共感疲労」や「バーンアウト(燃え尽き症候群)」に陥ります。作中で由比院長や望月看護師が見せる一見ドライな態度は、感情を押し殺して自らの精神と日々の診療業務を守るための「専門職としての防衛反応(プロフェッショナル・ディスタンス)」であり、命を軽視しているわけではありません。
第二に、「作中の出来事はすべて特定の産婦人科で起きた事件そのものなのか」という点です。前述の通り、本作は沖田氏の実体験を骨子としながらも、個人情報保護の観点から複数の患者事例の統合や再構成が行われています。特定の個人や病院を告発するルポルタージュではなく、1990年代当時の日本社会が抱えていた性と生殖を巡る構造的問題を浮き彫りにするためのエッセイ漫画であると理解することが肝要です。