生え変わり期に動物病院へ寄せられる相談の中で、圧倒的に多いのが「口から出血した」「抜けた歯が見当たらない」という2大パニックです。しかし、臨床現場の事実を知れば、過度に動じる必要がないことが分かります。
まず、歯の生え変わりの出血と痛がる原因についてです。乳歯の歯根が破骨細胞によって吸収されると、歯肉と歯の結合が緩み、遊離するときに毛細血管が破れて出血します。おもちゃや引っ張りっこ用のタオルにうっすらと赤い血がにじむ程度であれば、健康な生理的出血です。犬の唾液には組織修復を促す成分が含まれており、通常は数分から十数分程度で自然に止血します。ただし、出血が何時間も止まらない場合や、愛犬が前足で口元を激しく気にして鳴くような痛がり方を見せる場合は、歯折(歯が途中で折れる)や歯肉の裂傷が疑われるため診察が必要です。
次に、多くの飼い主が不安に陥るのが抜けた乳歯を飲み込んだ対処法です。結論から言えば、抜けた乳歯を飲み込んでも基本的に健康上の問題はありません。野生下での食性からも明らかなように、犬の胃酸は非常に強力な塩酸(pH1〜2程度)で構成されており、小さな乳歯は胃液によって角が溶かされ、数日以内に便と一緒に体外へ自然排出されます。ドッグフードと一緒にそのまま飲み込んでしまうケースが全体の8割以上を占めており、そもそも抜けた歯を飼い主が拾えること自体のほうが珍しいのです。
注意すべき唯一の例外は、飲み込んだ直後に激しく咳き込む、呼吸が荒くなる、あるいは嘔吐を繰り返すといったケースです。これらは気管への誤嚥や食道への引っかかりが懸念されるため、直ちに動物病院を受診してください。何事もなければ、排便の状態を2〜3日観察するだけで十分です。
また、この時期には「口臭が生臭くなった」という相談も急増します。歯の生え変わり時期の口臭と対策としては、出血した血液が口腔内細菌によって分解される臭いや、歯肉が一時的に炎症を起こす「萌出性歯肉炎」が主因です。乳歯が完全に抜け落ちて歯肉が引き締まれば口臭は自然に消失しますが、生後半年を過ぎても悪臭が続く場合は、歯垢や食べかすの停滞による雑菌繁殖を疑う必要があります。