そもそも、いつから「了解しました」が失礼な言葉として槍玉に挙げられるようになったのでしょうか。国語学者やマナー史の専門家による調査を遡ると、昭和から平成初期にかけてのビジネス文書において、「了解しました」や「了解いたしました」は、目上に対する返答としてごく一般的に使われていた記録が残っています。当時の公文書や大企業の社内報でも、上意下達の受諾表現として日常的に機能していました。
潮目が変わったのは2000年代後半です。インターネットの普及に伴い、就職活動対策サイトや新入社員向けのマナー本が乱立した時期と重なります。マナー関連のコンテンツがPVや書籍の売上を稼ぐために「実は失礼な言葉遣い」という煽り文句を多用し始めた結果、「了解は上から目線の言葉」「目上には承知を使わなければならない」という説が急速に広まったとみられています。
文化庁が発表している「敬語の指針」や広辞苑、三省堂国語辞典などの主要な辞書を確認しても、「了解」という言葉自体に相手を見下す意味合いは一切記されていません。「物事の内容や事情を理解し、納得すること」という中立的な意味であり、文法的には「了解いたしました」と謙譲語の補助動詞「いたす」を付加すれば、敬語表現として完璧に成立します。
言語学的な正当性があるにもかかわらず、「失礼と感じる人が実在する」という社会的現実が形成されてしまいました。言葉は文法だけで動くものではなく、受け手が抱く印象や時代ごとの空気感に左右されます。たとえ後付けの「謎マナー」であったとしても、ビジネスの現場では相手に不快感を与えた時点でコミュニケーションの損失が発生するため、多くの現場で「了解」の使用が控えられてきた歴史的経緯が存在します。