「そのまんま東」という唯一無二のインパクトを持つ芸名は、1980年代初頭、師匠であるビートたけしのひらめきによって誕生しました。当時、専修大学を卒業後に弟子入りを志願した東国原氏に対し、たけし氏が「お前の本名は何て言うんだ?」と尋ね、「東国原(ひがしこくばる)です」と答えたところ、「珍しい苗字だな。じゃあ、そのまんま『東』でいいや」と即決したエピソードは、自著や回顧録でも語り継がれる有名な逸話です。
たけし軍団の初期メンバーとして、過酷なリアクション芸やフライデー襲撃事件での謹慎など数々の苦境を乗り越え、芸名はお茶の間に広く浸透しました。しかし、2000年代に入ると転機が訪れます。社会問題への問題意識から40代で早稲田大学第二文学部へ社会人入学し、さらに同大学政治経済学部の講義を聴講するなど、本格的な「学び直し(リスキリング)」へと舵を切りました。
そして2006年12月、オフィス北野を退社して翌年の宮崎県知事選挙への出馬を正式表明した際、タレント「そのまんま東」に別れを告げ、本名の「東国原英夫」として活動することを宣言しました。改名の理由は極めて明確でした。公職選挙法に基づく正式な候補者登録という行政上の手続きに加え、「税金をお預かりして命と暮らしを預かる公職に就く以上、芸人の看板を捨て、一人の人間・東国原英夫として退路を断って県民に向き合う」という強い覚悟の表れでした。