2026年現在、中村屋は新たな黄金期を迎えている。長男の六代目中村勘九郎、次男の二代目中村七之助は、いまや歌舞伎界の中核を担う座頭として押しも押されもせぬ貫禄を誇る。さらに、勘九郎の長男・中村勘太郎は十代半ばを迎え、父譲りのダイナミックな演技力に磨きがかかり、次男・中村長三郎もその天真爛漫な愛嬌と鋭い勘で観客を魅了し続けている。
現在の波野好江氏は、日常の細かな女将業務の大半を前田愛さんに引き継ぎ、一歩引いた「大御所・相談役」として中村屋を見守っている。しかし、事務所の重要決定や、一門の伝統を揺るがすような節目においては、今なお彼女の鶴の一声が決定的な意味を持つ。
公の場に姿を見せる機会は少なくなったものの、歌舞伎座の初日や千穐楽、平成中村座の客席後方には、凛とした着物姿で舞台を静かに見つめる好江氏の姿が目撃されている。劇場のロビーで贔屓客と交わすごく自然な笑顔と腰の低さは、昔と何一つ変わっていない。彼女の穏やかな微笑みこそが、亡き十八代目が遺した中村屋の奇跡が、次世代へと確かに受け継がれている動かぬ証拠である。