1992年、彼女の人生は決定的なターニングポイントを迎える。世界平和統一家庭連合(旧・統一教会)の合同結婚式への参加を表明したことで、日本中が大バッシングに包まれた。当時のワイドショーや週刊誌は連日この問題を過熱気味に報じ、彼女の芸能活動は事実上のストップを余儀なくされた。
信仰とタレント活動の両立を模索したものの、世論の反発と過激化するメディア報道の波は予想を遥かに超えていた。彼女自身が自らの言葉で語った心情よりも、ショッキングなヘッドラインが一人歩きする構造が生まれた。芸能界休止への決断は、本人にとっても大きな葛藤を伴うものであったに違いないが、彼女は自らの選択に背を向けることなく、静かに表舞台から去る道を選んだ。