日本の歴史において、三位と四位の間には深淵のごとき身分格差が存在した。古代の位階令・官位制度において、従三位以上に昇ることは「公卿(くぎょう)」あるいは「上達部(かんだちめ)」と呼ばれる支配層の仲間入りを果たすことを意味したからだ。四位以下の官人がどれほど実務で功績を挙げようとも、従三位に手が届かなければ朝廷の最高意思決定機関である陣定(じんのさだめ)に参画することは叶わない。それは単なる役職の違いではなく、人間としての「格」を分ける非情な境界線だった。
近年の時代劇・歴史ドラマブームは、こうした官位を巡る熾烈な暗闘を鮮やかに浮き彫りにしている。平安中期の権力闘争を描いた大河ドラマ「光る君へ」では、藤原道長が頂点へ駆け上がる足がかりとして、いかに位階のコントロールが生命線であったかが描かれた。また、中世武家政権の誕生を描いた大河ドラマ「鎌倉殿の13人」においても、源頼朝や北条義時が朝廷内での発言権を強める過程で、この階位が極めて政治的な駆け引きの道具として使われた描写が記憶に新しい。