2014年にやしきたかじん氏が世を去った直後、日本中を駆け巡ったのは純愛の物語だけではなかった。遺産相続を巡る親族間や関係者との摩擦、そして週刊誌が次々と報じた過去の経歴や疑惑。渦中の人となった家鋪さくら氏の周りでは、名誉毀損などを訴える複数の裁判が勃発し、司法の場へと闘いの舞台は移っていった。
数年にわたる法廷闘争の末、和解や判決を経て一連の訴訟問題には一定の決着がつけられた。しかし、過度なバッシングとプライバシーの侵害に晒され続けた彼女が選んだのは、メディアとの一切の接点を絶つという道だった。テレビカメラの前で語ることも、週刊誌の直撃取材に応じることもなくなり、静寂の中に身を置くこととなったのだ。