東京都台東区上野という土地は、明治・大正期から大衆芸能や映画文化が花開いた歴史的な聖地である。浅草と並ぶ娯楽の拠点として、数多くの映画館が軒を連ね、時代の移り変わりを見守ってきた。
運営母体である大蔵映画株式会社の歩みは、そのまま戦後日本のエンターテインメント史と重なる。元・新東宝社長として異彩を放った稀代のプロデューサー、大蔵貢が築き上げた事業基盤は、大手映画会社とは一線を画す独立独歩のものだった。邦画の斜陽化が叫ばれた時代においても、独自のニッチ市場を開拓し、揺るぎない映画興行モデルを確立したのである。