彼の歩みを語るうえで、父・笹川良一の存在を避けて通ることはできない。戦前・戦後の裏面史を彩り、競艇事業の創設を通じて巨大な社会貢献ネットワークを築き上げた怪物。その巨大な影は、息子たちにとって誇りであると同時に、常に付きまとう重圧でもあった。
しかし、父が築いた莫大な資産や日本財団の持つ強大な影響力にただ寄りかかることを、彼はよしとしなかった。地方議会から泥にまみれて叩き上げ、自らの足で国政へと進出。世間が抱く「フィクサーの息子」という先入観を、圧倒的な政策遂行能力と現場主義で塗り替えてみせたのだ。自由民主党の中で特定の派閥に盲従することなく、独自の立ち位置を堅持し得た背景には、この独立独歩の気骨があった。