歴史の荒波もまた、この神社を強く鍛え上げた。元亀2年(1571年)、織田信長による比叡山焼き打ちの際、麓に位置する日吉山王の社殿群も灰燼に帰すという凄惨な悲劇に見舞われた。一時は壊滅的と思われた聖地であったが、信長の死後、豊臣秀吉や徳川家康ら歴代の権力者たちの手によって奇跡的な復興を遂げることになる。
特に秀吉は、幼名「日吉丸」やあだ名「猿」との縁もあって日吉社を深く崇敬し、境内社殿の再建に多大な寄進を行った。現在国宝に指定されている西本宮本殿や東本宮本殿をはじめ、国指定重要文化財がずらりと並ぶ建造物群は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての建築美の最高峰を示している。燃えさかる炎の中から何度でも立ち上がってきたその歩みは、困難に立ち向かう人々に力強い勇気を与え続けている。