逸見政孝のがん公表会見から闘病の全貌|12億豪邸と遺された家族の現在

逸見政孝のがん公表会見から闘病の全貌|12億豪邸と遺された家族の現在

逸見政孝のがん公表会見から闘病の全貌|12億豪邸と遺された家族の現在にまつわる最新トピックを詳しく紐解きます。

逸見さんを蝕んでいたのは、胃がんの中でも特に予後不良とされる「未分化型低分化腺がん」、いわゆるスキルス胃がんでした。この病態の恐ろしさは、胃の内視鏡検査を行っても粘膜表面に潰瘍や隆起が目立たず、胃壁の粘膜下層を硬く這うように病巣が浸潤していく点にあります。そのため初期症状がほとんど自覚されず、胃の不快感や軽い食欲不振程度で推移し、通常の健診をすり抜けてしまう性質を持ちます。

闘病生活の経緯を時系列で辿ると、逸見さんは同年1月に健康診断を受け、2月に早期胃がんの手術を受けて一旦は仕事に復帰していました。しかし、そのわずか数カ月後の夏、激しい腹痛と体重減少に見舞われます。再検査の結果、腹腔内への散布(腹膜播種)を伴うスキルス胃がんの再発・進行が判明しました。一般的な胃がんとは比較にならない圧倒的な進行速度の前に、病状はすでにステージIVの深刻な段階に達していました。

1993年10月下旬、東京女子医科大学病院にて、消化器外科の権威であった手術の担当医・羽生富士夫教授チームによる大手術が決行されます。胃の全摘出にとどまらず、浸潤が疑われた大腸、脾臓、胆嚢、すい臓の一部を切除し、腹壁を再建するという約13時間にも及ぶ極限の超拡大手術でした。しかし、目に見えない微小ながん細胞はすでに腹膜全体に散らばっており、過酷な手術の甲斐なく、容体は徐々に悪化。腸閉塞や多臓器不全を併発し、同年12月25日、死因となった末期がん(スキルス胃がん)により享年48歳で息を引き取りました。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。