Q1:淀殿の身長が170cmあったというのは、後世の創作や誇張ではないのですか?
A1:後世の軍記物による脚色も一部含まれますが、着用していた着物の寸法、両親(浅井長政・お市の方)の骨格記録、息子の豊臣秀頼の確固たる巨躯記録など複数の客観的要素を総合すると、168〜170cm前後であったことは学術的にも極めて妥当性の高い推計とされています。
Q2:小柄な秀吉と大柄な淀殿の間で、夫婦仲はどうだったのでしょうか?
A2:秀吉からの寵愛は生涯を通じて極めて深いものでした。秀吉が淀殿に宛てた数々の直筆書状には、彼女の体調を細やかに気遣う文面が溢れており、自分にない高貴な血統と華やかな大柄の美しさを心から誇りに思っていたことがうかがえます。
Q3:浅井三姉妹の中で、茶々(淀殿)だけが特に背が高かったのですか?
A3:長女の茶々だけでなく、次女・初、三女・江も当時の平均より大柄であったと伝わっています。特に徳川2代将軍・秀忠の正室となった江は、大奥において強い発言力を持った堂々たる体格の女性として記録されており、三姉妹共通して高身長の遺伝子を受け継いでいたとみられます。