既存の規範を打ち砕き、大きな社会的うねりを生み出した事例は、歴史の転換点に必ず見出すことができます。ビジネスにおける異端児の成功事例として、本田技研工業の創業者・本田宗一郎氏の軌跡は象徴的です。当時の通商産業省(現・経済産業省)が自動車業界の統合を進めるべく法整備を試みた際、本田氏は「新規参入を阻む規制など言語道断」と真っ向から猛反発し、官僚支配に抗って四輪事業への参入を果たしました。官民一体の護送船団方式が絶対の正義とされた時代における、痛烈な異端の勝利でした。
また、ソフトバンクグループの孫正義氏が2000年代初頭に展開したブロードバンド事業(Yahoo! BB)への巨額投資も、既存の通信キャリア体制に風穴を開けた代表例です。当時の通信業界において、赤字を垂れ流しながら街頭でモデムを無料配布する手法は「狂気の沙汰」と冷笑されました。しかし、既得権益の牙城だった通信インフラを力づくで開放させ、日本のインターネット普及速度を劇的に加速させた功績は、異端児ならではの破壊力学を如実に物語っています。
一方、政界の異端児の具体例として避けて通れないのが、第87〜89代内閣総理大臣を務めた小泉純一郎氏です。自民党内の派閥均衡と密室協議が支配していた永田町において、「自民党をぶっ壊す」という挑発的なフレーズを掲げて総裁選を制覇。郵政民営化を巡る激しい党内対立では、反対派議員に対立候補を送り込む「刺客戦術」を断行し、第44回衆議院議員総選挙で歴史的な大勝を収めました。派閥の掟を徹底的に無力化し、国民世論へダイレクトに訴求するポピュリズム的手法は、永田町の伝統的秩序から見れば正真正銘の異端そのものでした。
これらの事例に共通するのは、単なる奇行や思いつきではなく、「旧体制の疲弊と矛盾」を誰よりも冷徹に見抜いていた点です。外から見れば無謀な逸脱に見える一手も、本人たちの頭脳の中では精緻に計算された必然の選択だったと言えます。