激しさを増す街頭での暴力沙汰や非行行為は、当然ながら法的な制裁を招くことになります。朝倉未来が少年院に収容されるに至った直接的な理由は、単一の事件ではなく、傷害罪・無免許運転・公務執行妨害を含む複数の非行事実の累積でした。
高校を短期間で中退した後は解体業などの仕事を転々としながら夜の街で抗争に明け暮れていましたが、度重なる警察への検挙と保護観察処分を経て、最終的に家庭裁判所から第1種少年院(松山学園)への送致決定が下されます。16歳から18歳までの約16か月間、外部社会から完全に隔離された生活を余儀なくされました。
少年院での生活は、それまで奔放に生きてきた彼にとって過酷極まるものでした。秒単位で管理された厳格なスケジュール、私語の厳禁、徹底した集団行動と反省の日々。しかし、この隔離された時間こそが、現在の「冷静沈着な勝負師」としての朝倉未来を形成する転換点となります。院内で膨大なジャンルの書籍を読破し、自らの生い立ちや父親との確執、将来の生き方について極限まで思考を深めたことが、後のクレバーなセルフプロデュース力やビジネスセンスの土台となりました。