多くのファンや映画関係者に惜しまれながら、なぜ石原プロモーションは看板を下ろすことになったのか。その深層には、単なる経営不振やタレントの高齢化ではない、石原裕次郎さんと渡哲也さんの間で交わされた「男の約束」が存在していました。
石原裕次郎さんが1987年に肝細胞がんのため52歳で世を去る際、妻である石原まき子さんや近親者に遺した言葉がありました。
「俺が死んだら会社は畳め」
裕次郎さんは、自らの名前を冠した会社が、自身亡き後に看板だけを掲げて衰退していくことを強く嫌っていました。しかし当時、映画製作などで抱えた負債は約30億円にのぼっており、即座に会社を清算することは不可能でした。
裕次郎さんの遺志と負債を引き継いだ渡哲也さんは、社長就任後にテレビドラマ制作、CM出演、グッズ展開などを精力的に行い、十数年をかけて負債を全額完済しました。さらに所属俳優たちの将来を見守り続けましたが、渡さん自身も呼吸器疾患などの重い病と闘う身となり、終活を真剣に考える段階に入ります。
関係者の証言によると、渡さんは「自分が元気なうちに若手の受け皿を見つけ、裕次郎さんの遺言通りに美しい形で会社を終わらせる」という強い意志を持っていました。2020年7月に商号変更と業務終了の基本方針が決定され、その直後の8月に渡さんは帰らぬ人となりました。渡さんの逝去から約5カ月後の2021年1月、裕次郎さんの命日(1月17日)の前日をもって正式に看板が下ろされたのです。借金問題やタレント間の不協和音ではなく、「約束の完遂」と「責任ある幕引き」こそが解散の真相でした。