ナポレオン絵画の嘘と真実を暴く|白馬はロバだった?名画の裏側

ナポレオン絵画の嘘と真実を暴く|白馬はロバだった?名画の裏側

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Q1:『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』は何枚存在し、どこで見られますか?
A1:ダヴィッドの手によって公式に5つのバージョンが制作されました。それぞれマントの色や馬の毛色が微妙に異なります。現在はマルメゾン城(フランス)、ヴェルサイユ宮殿(フランス・2点所蔵)、ベルヴェデーレ宮殿(オーストリア・ウィーン)、シャルロッテンブルク宮殿(ドイツ・ベルリン)に分散して所蔵・展示されています。

Q2:ナポレオンのお抱え絵師だったダヴィッドは、ナポレオン失脚後どうなりましたか?
A2:1815年のナポレオン失脚と王政復古に伴い、ルイ16世の処刑に賛成票を投じていたダヴィッドは「国王殺し」としてフランスを追放されました。その後はベルギーのブリュッセルへ亡命し、失意のなか同地で余生を過ごし、1825年に77歳で客死しました。

Q3:なぜ白馬の絵がこれほど有名になり、ロバの絵はあまり知られていないのですか?
A3:ダヴィッドの作品が同時代のフランス帝国による大々的な広報支援を受け、版画などを通じてヨーロッパ全土に流布されたのに対し、ドラローシュがロバの絵を描いたのはナポレオンの死後約30年が経過した1850年だったためです。大衆は真実の過酷さよりも、英雄的なロマンティシズムを好んだという文化受容の歴史が背景にあります。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。