美空ひばり「おまえに惚れた」の発売日は1980年(昭和55年)3月1日。日本コロムビアからリリースされた本作は、のちに演歌界を代表する大作曲家となる弦哲也にとって、美空ひばりへ初めて楽曲を提供した記念碑的作として音楽史に刻まれています。
当時、歌手から作曲家へと転向してまだ日の浅かった弦哲也は、作詞を手がけたたかたかしとともに「天下の美空ひばりに歌ってもらう」という途方もないプレッシャーの中にいました。弦哲也が当時の回想録やインタビューで明かしているところによると、デモテープを吹き込む際、自らの持てるすべての技術と感情を注ぎ込み、神仏に祈るような思いで提出したといいます。
運命のレコーディング当日、ひばりはスタジオに姿を現すと、譜面とデモ音源にわずかに目を通しただけでブースへと入りました。関係者の証言によると、ひばりは弦哲也の作った素朴ながら哀愁あふれるメロディの芯を瞬時に見抜き、たった数テイクで完璧な世界観を構築してみせたといいます。当時を振り返る弦哲也は「歌い終えたひばりさんから『いい歌をありがとうね』と声をかけられた瞬間、全身の震えが止まらなかった」と述懐しています。すでに国民的スーパースターであったひばりが、若き才能の熱情を真正面から受け止めた瞬間でした。