亀梨和也の芸能界入りは1998年11月、中学1年生の秋でした。親戚が勝手に履歴書を送ったことがきっかけでオーディションに参加したというエピソードは有名ですが、当時の彼は都大会で優勝するほど野球に没頭していた硬式野球のエリート少年でした。
その端正な顔立ちと勝負強さは瞬く間に頭角を現し、翌1999年にはTBS系名門ドラマ『3年B組金八先生(第5シリーズ)』の生徒・深川明彦役に抜擢されます。亀梨和也金八先生時代の姿を振り返ると、トレードマークとなる細眉や派手なヘアスタイルとは無縁の、黒髪短髪で少しあどけなさを残した素朴な美少年でした。寿司屋の息子という役どころを真っ直ぐに演じる姿は、現在見返しても瑞々しい魅力に溢れています。
転機が訪れたのは2001年。NHK『ポップジャム』でKinKi Kidsの堂本光一の専属バックダンサーとして結成されたのがKAT-TUNでした。当初は期間限定ユニットの予定でしたが、爆発的な反響を受けて正式グループとして活動を継続します。やんちゃでワイルド、従来の「優等生アイドル」の概念を根底から覆すグループのセンターとして、亀梨は独自の美学を急速に開花させていきました。
2004年には、滝沢秀明の代役として舞台『DREAM BOY』の座長をわずか18歳で務め上げる快挙を達成。ジャニー喜多川氏からの絶大な信頼を勝ち取ると同時に、ステージ上で放つ華やかさと色気がメディア関係者の間でも決定的な評価を獲得しました。亀梨和也年代別経歴まとめを紐解く上で、この10代後半の修業時代こそが、後の大爆発を支える揺るぎない土台となったことは間違いありません。