日本聖公会の宣教師であったアレクサンダー・クロフト・ショーが、宿場町としての役目を終え寂れかけていた軽井沢町を初めて訪れたのは1886年の夏だった。故郷スコットランドのハイランド地方を彷彿とさせる澄んだ空気、霧に包まれる高原の気候に深く感銘を受けた彼は、この地を「屋根のない病院」と称賛した。結核をはじめとする病の療養に最適な環境であることを見抜いたのである。
ショーは1888年に軽井沢初の別荘を構え、家族や知人を招き入れた。この私邸こそが、現在のショーハウス記念館の原型である。彼の滞在を契機に、多くの外国人宣教師や知識人、外交官が軽井沢に足を運ぶようになり、やがて国際的な高原避暑地としての確固たる地位が築かれていった。