浅田真央さんの競技人生において、足首のコンディションは常に大きな焦点となっていました。特に2010年バンクーバー五輪後のスケーティング根本改造期や、ソチ五輪前後の過密日程においては、左足首の捻挫や慢性的な炎症、疲労の蓄積と常に隣り合わせの戦いを強いられていました。
一般的なアスリートであれば長期休養を余儀なくされるレベルの負荷がかかる中、彼女は徹底したアイシングとインナーマッスルの補強によって乗り越えてきました。当時を振り返る手記の中でも「足首の感覚が少しでもズレると、踏み切り角度が狂ってしまう恐怖があった」と語られており、繊細な足裏のセンサーを狂わせないための治療とケアには並々ならぬ労力が注がれていました。
怪我を隠してリンクに立ち続けた背景には、日本中の期待を一身に背負うエースとしての強い責任感がありました。この強靭な精神力と、怪我をカバーするために編み出した足裏全体の体重分散テクニックが、後のスケーティングの円熟味と伸びやかな滑走感を生み出す原動力となったのです。