四六時中カメラを向けられる生活——それは、常人であれば精神の破綻を招きかねないほどの緊張感を伴う。なぜ彼女はそれを受け入れ続けることができたのか。そこには、被写体としての安達祐実が抱く凄まじい覚悟が存在した。
彼女は自らの美しさだけでなく、衰えや苛立ち、悲しみといった人間の生々しい感情を隠そうとしなかった。桑島智輝のカメラもまた、一切の容赦なく彼女のありのままを切り取った。カメラを媒介にすることで、二人は時に衝突し、時に言葉以上のコミュニケーションを交わした。愛憎や変化すらもフィルムに刻み込むプロセスそのものが、ふたりの関係性を支える強力な楔となっていたのだ。