彼の原点は、夏の甲子園にある。徳島県立徳島商業高等学校のエースとして投げ抜き、大会通算83奪三振といういまだに破られていない不滅の金字塔を打ち立てた。高校野球史にその名を深く刻んだ男は、大きな期待を背負って中日ドラゴンズへと入団する。
プロ入り後もキレのある変化球と強気のピッチングで活躍し、通算77勝を記録。日本野球機構(NPB)の歴史においても、高卒からすぐさまチームの主力へと駆け上がった姿は強いインパクトを残した。現役時代の故障に泣かされ30歳手前で引退を余儀なくされたものの、プロ野球界における彼の存在感は圧倒的だった。