時代が大きな転換期を迎えていた当時、業界大手のオカモト株式会社が打ち出した画期的な試みは、大きな議論を呼んだ。主役に抜擢された本木雅弘は、単なるビジュアルの提示に満足せず、企画段階から表現のディテールに深く関与していたという。現場関係者が当時の情熱を次のように振り返る。
「単に話題性を狙うような安易な演出なら、本木さんは絶対に受けなかったでしょう。生と性、そして人間性の尊厳をどう映像に落とし込むか。一コマ一コマのカットに対して、徹夜で議論が交わされました」
スタジオに張り詰めた緊張感は凄まじいものだった。照明の角度一つ、視線の交差一つにまでこだわり抜いた撮影現場。そこにはタレントとしての枠を超え、一人のクリエイターとして対峙する本木雅弘の峻烈な姿があった。この時に培われた妥協なき美学こそが、後に彼の役者人生を大きく決定づけることとなる。