彼女のキャリアを語る上で欠かせないのが、株式会社東京12チャンネル(現在のテレビ東京)の存在だ。大手民放ネットワークがすでに強固な体制を築いていた中、後発局としてスタートした同局は、常に斬新で尖った企画を求めていた。
過酷な予算制約と人手不足という悪条件は、逆に自由な表現を試みる若手にとって格好の実験場となった。まだ放送業界全体に「女性ディレクター」という存在が極めて稀少だった時代、彼女は過酷なロケ現場の先頭に立ち、カメラを回し続けた。その妥協を許さない姿勢は、やがて局内でも一目置かれる伝説的な存在へと彼女を押し上げていく。