伊四百型は計画当初、18隻の建造が構想されていましたが、資材不足と戦局の悪化により完成したのは伊400、伊401、伊402のわずか3隻にとどまりました。中でも1番艦の伊400と2番艦の伊401は、第一潜水隊の主力として行動を共にしましたが、細部には建造工廠に起因する興味深い差異が存在します。
伊400が呉海軍工廠で建造されたのに対し、伊401は佐世保海軍工廠で建造されました。工廠ごとの工作手順の違いにより、司令塔の防弾板の配置や溶接ビードの処理、甲板上の手摺りの取り回しなどに微細な違いがありました。また、実戦部隊においては第一潜水隊司令である有泉龍之助大佐が伊401に座乗したため、作戦指揮の中枢としての役割は事実上、妹艦である伊401が担っていた点も歴史ファンには広く知られています(伊402は完成が終戦直前だったため航空艤装を撤去し燃料輸送潜水艦へと改装)。
世界の軍事史において、伊400型はどのような位置付けを与えられているのでしょうか。米海軍の退役将官や潜水艦史の専門家たちは、伊400を「奇想天外な技術的到達点であり、現代の弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)の概念的先駆者」と位置づけています。海中深くに潜航して敵の防空網をすり抜け、敵国の本土近海から航空攻撃(長距離打撃兵器)を投射するという発想そのものが、戦後の米軍によるレギュラス巡航ミサイル搭載潜水艦やポラリス潜水艦の開発へと直接的な着想を与えたと分析されています。