誤認の源流にある横山やすしとは、いかなる人物だったのか。公式記録に基づく基本プロフィールと、その足跡を再確認します。
横山やすし(本名:木村雄二)は、1944年3月18日生まれ、愛媛県新居浜市出身(大阪府堺市育ち)。1966年に西川きよしと漫才コンビ「横山やすし・西川きよし(やすきよ)」を結成し、スピード感あふれる革新的なしゃべくり漫才で日本中を席巻しました。漫才ブームの頂点に君臨し、数々の賞を総なめにした実績は、今なお日本の演芸史に燦然と輝いています。
一方で、私生活では競艇への過度な傾倒、度重なる暴行事件や無免許運転などのスキャンダルを頻発させました。吉本興業からの契約解除を経て、1996年1月21日、アルコール性肝硬変のため51歳の若さで急逝。当時の追悼特番や関係者の手記では、破天荒な天才芸人としての顔と、家庭内で見せた不器用で繊細な生身の「木村雄二」としての顔のギャップが克明に証言されています。