インターネット掲示板やSNSで「日生学園第二高校はやばい」と評される最大の要因は、1980年代から1990年代初頭にかけて実施されていた過激な全寮制スパルタ教育にあります。
当時の日生学園は、俗世の誘惑を一切断ち切る環境として三重県の一志郡(現在の津市白山町)の山間に設立されました。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、お菓子などの持ち込みは完全に禁止。外部との連絡も厳しく制限され、手紙の検閲まで行われていたとされています。
朝4時台の起床から夜の就寝まで、生徒の行動は分刻みで管理されていました。整列、点呼、集団走など、すべての行動において「全力疾走」「大声での復唱」が義務付けられ、一糸乱れぬ規律を破れば厳しい指導が待っているという極限状態が日常化していたのです。この隔絶された環境と軍隊さながらの徹底した集団行動が、後年「刑務所より厳しい学校」と噂される要因となりました。