安倍律子の経歴プロフィールを振り返る上で欠かせないのが、デビュー当時のセンセーショナルな反響と、その後の見事なイメージチェンジです。札幌のクラブでスカウトされ、1970年8月にリリースした『愛のきずな』は公称売上50万枚を超える大ヒットを記録。その年の第12回日本レコード大賞新人賞をはじめとする数々の賞を総なめにしました。当時のレコードジャケットやスチール写真に見られる洗練された大人の色香とモダンなルックスは、昭和歌謡界に鮮烈なインパクトを与えました。
ソロ歌手として確固たる地位を築いた後、1983年に橋幸夫とのデュエット曲『今夜は離さない』をリリース。これが空前の大ヒットとなり、カラオケブームの波に乗って社会現象を巻き起こしました。以降、さまざまな男性パートナーと楽曲を発表し、名実ともに「デュエットの女王」としての称号を確立したのです。
また、彼女のキャリアを語る上で話題となるのが複数回にわたる芸名の改名歴です。
- 安倍律子(1970年デビュー時の初期名義)
- あべりつこ / 安倍理葎子(イメージ刷新期)
- 安倍里葎子(長期にわたり親しまれた代表的名義)
- 安倍理津子(2020年3月11日に再改名し、現在も継続中)
これらの改名について、本人は過去のインタビューで「歌い手としての節目や、運気の流れを好転させるための前向きな決断」と明かしています。文字の持つ画数や響きを大切にしつつ、常に新しい気持ちでマイクを握る姿勢の表れと言えます。