藝大大学院で日本画の博士号を取得しながらも、西洋のアートマーケットを構造からハックしてみせた村上隆。そして、大阪芸術大学を飛び出し、新世紀エヴァンゲリオンで世界の映像表現を塗り替えた庵野秀明。彼らの足跡は、大学という枠組みがいかに「通過点」に過ぎないかを冷酷なまでに証明している。
ふたりに共通するのは、自らの表現をマーケットと接続させ、巨大なシステムとして駆動させる強靭なビジネス感覚だ。大学のアトリエは孤独な実験場にはなり得ても、泥にまみれて資本と戦う術までは教えてくれない。アカデミズムが提供する技術の習得に安住した瞬間、表現者の成長は止まる。庵野秀明や村上隆が体現したような、ジャンルの境界線を自ら蹴破る野心を持たぬ限り、美大の看板などただの紙切れに過ぎない。