本作の最大の推進力であり読者を戦慄させたのが、「前世の記憶の覚醒」に伴う凄惨な真実の開示です。物語前半で語られる月基地の記憶は、どこか美しくノスタルジックな幻想として描かれますが、物語が進むにつれてそのヴェールは剥ぎ取られ、人間の剥き出しのエゴと絶望が露わになります。
月基地の科学者7人を襲ったのは、母星の滅亡という精神的ショックと、基地内で発生した未知の伝染病でした。次々と仲間が倒れていく極限状態の中、宗教的聖女(キチェス)である木蓮を巡る疑心暗鬼と確執が爆発します。特に玉蘭と紫苑の対立は修復不可能なレベルに達し、紫苑は狂言ワクチンを使って玉蘭たちを騙し、結果として自分以外の全員が死亡。紫苑ただ一人が月基地で約9年間もの間、発狂寸前の孤独に苛まれながら生き延びるという地獄を味わうことになります。
この9年間の凄絶な孤独こそが、現代に転生した小林輪(紫苑の転生体)を突き動かす狂気と東京タワー爆破未遂などの破壊工作の根源でした。しかし、物語の結末(ネタバレ)において明かされた真実は、紫苑の思い込みを根底から覆すものでした。木蓮が遺した最期の歌のメッセージ――それは紫苑を拒絶したのではなく、心から愛し、彼の魂を救いたいと願った祈りそのものだったのです。前世の怨念に縛られていた輪は、坂口亜梨子(木蓮の転生体)の無償の愛と仲間たちの赦しによってようやく自らの呪縛を解き放ち、狂気から救済されました。