この大番狂わせの主役となったのが、当時国際舞台に登場したばかりのオープニングバッター、ファカル・ザマン(Fakhar Zaman)でした。彼の経歴は極めて異色です。パキスタン北西部カイバル・パクトゥンクワ州出身の彼は、元々パキスタン海軍に入隊し、軍務に就きながらクリケットの腕を磨いたという異色のバックグラウンドを持っています。
大会途中で抜擢されたザマンは、決勝の舞台で106球・114ランという神がかり的なセンチュリー(100得点以上)を達成しました。しかし、この劇的な活躍の裏には、文字通り勝負の命運を分けた「紙一重の判定」が存在しました。
試合開始直後の4オーバー目、ザマンのスコアがわずか3点だった場面です。インドの精密機械と呼ばれる剛腕ジャスプリット・ブムラの投球を引っかけたザマンの打球は、ウィケットキーパーのミットに収まり、一度はアウトが宣告されました。スタジアムのインドファンが歓喜に沸いたその瞬間、アンパイアがリプレイ検証(サードアンパイア判定)を要求します。モニターに映し出されたのは、ブムラのつま先がわずかにポッピングクリースを越えている瞬間――「ノーボール」の判定でした。
九死に一生を得たザマンは、後の自著やインタビューで「あのノーボールの宣告を受けた瞬間、神が自分に今日という日を与えてくれたと確信した。迷いは消え失せ、すべてのボールが見えるようになった」と語っています。命を拾った男の猛打は留まることを知らず、アズハル・アリ(59得点)とのコンビで一気にインド投手陣を粉砕。勢いは完全にパキスタンへと傾きました。
さらに守備では、かつてのスキャンダルから復帰した左腕エース、モハマド・アミルが火を噴きます。初回にロヒート・シャルマをダック(0点)に打ち取ると、続くヴィラット・コーリを連続投球の中でスリップキャッチに仕留め、さらに絶好調だったシカール・ダワンをも仕留めました。インドの誇る世界最強のトップ3が、わずか33点(全滅時)の間にベンチへと送り返された瞬間、勝負の行方は実質的に決したのです。