彼の名前を世界に刻みつけた決定的な契機といえば、やはり2005年の第15回ショパン国際ピアノコンクールにおける堂々の第4位入賞だろう。伝統あるワルシャワの舞台で、彼が紡ぎ出したフレデリック・ショパンの響きは、現地ポーランドの批評家たちをも唸らせた。
誇張のない自然なルバート。哀愁を帯びた旋律の歌わせ方。マズルカのリズムに宿る土着の情熱を、これほどまでに気高く昇華させた日本人ピアニストは稀有だった。コンクールという極限のプレッシャーの中にあっても、彼の視線は常に作曲家の魂そのものへと向けられていたのだ。