函館でスペイン料理が有名な理由を探る上で、避けて通れない歴史的転換点があります。それが1981年、函館市内に誕生した一軒のレストランです。当時、日本国内では「スペイン料理」といえばパエリア程度しか知られていなかった時代に、スペインとフランスの国境に位置する美食の都・バスク地方の料理をそのまま函館へ持ち込んだ人物がいました。
その人物こそ、深谷宏治シェフです。深谷シェフの経歴を振り返ると、東京の有名レストランで修行後、1970年代に単身渡欧。スペイン・バスク地方のサン・セバスティアンにある名店「スベロア(Zuberoa)」の門を叩き、伝説の料理人イラリオ・アルベライツ氏に師事しました。日本人として初めて本場バスクの厨房で伝統と革新の技を叩き込まれた深谷シェフは、帰国に際して東京ではなく、生まれ故郷である函館での開業を決意します。
深谷シェフが自著や過去のインタビューで語った言葉には、明確な確信が滲み出ています。『サン・セバスティアンの港から見上げる丘と海の距離感、獲れたての魚介や滋味深い山の幸をそのまま活かす食の哲学は、函館の風土と完全に重なり合っていた』。津軽海峡の荒波に揉まれた真イカ、タコ、ホタテ、近郊の大沼や七飯町で育まれる豚肉や高原野菜。函館の豊かな食材群は、素材本来の旨味を塩とオリーブオイルで極限まで引き出すバスク料理の神髄を体現するのに、日本で最も適した舞台だったのです。
さらに深谷シェフは単に料理を提供するにとどまらず、サン・セバスティアンに息づく男性主体の調理社交場「ソシエダ・ガストロノミカ(美食倶楽部)」の文化を函館に移植。料理人同士が技を競い、市民が日常的に食と酒を楽しむ土壌を数十年にわたり耕し続けました。この情熱が次世代の料理人たちへ伝播し、現在の函館スペイン料理シーンを形作る強固な礎となっています。