塩沼亮潤大阿闍梨の現在と軌跡|千日回峰行を成した覚悟と教えの真相

塩沼亮潤大阿闍梨の現在と軌跡|千日回峰行を成した覚悟と教えの真相

塩沼亮潤大阿闍梨の現在と軌跡|千日回峰行を成した覚悟と教えの真相の見逃せないポイントをわかりやすく整理しました。

仏教界において、指導者の規範であり弟子を教授する資格を持つ高僧を指す尊称が大阿闍梨(だいあじゃり)です。とりわけ修験道の世界において、この称号は生半可な努力で得られるものではありません。塩沼亮潤氏の歩みは、まさに人智を超えた荒行の連続でした。

1968年、宮城県仙台市に生まれた塩沼氏は、少年時代にテレビで目にした千日回峰行の姿に強い衝撃を受け、「自分もこの道を歩む」と心に決めたと自著で述懐しています。高校卒業後の1987年、奈良県吉野の霊場・金峯山寺(きんぷせんじ)に入山して出家得度。故・五條覚乗大僧正のもとで過酷な修行生活へ身を投じました。

そして1991年から挑んだのが、修験道発祥の地で行われる大峯千日回峰行です。標高約350メートルの吉野山金峯山寺本堂から、標高1719メートルの大峯山山上ヶ岳頂上にある大峯山寺本堂まで、往復48キロの険しい山道を毎日歩き続ける行事です。年間約4か月(5月3日〜9月3日の扉開き期間)を充て、通算千日をかけて踏破しなければなりません。この行の厳格さを物語るのが「出立前の掟」です。

行者は行の途中で挫折することを一切許されません。病気やケガ、天候悪化であっても歩みを止めることは許されず、もし途中で断念せざるを得ない場合は、自ら腹を切り命を絶つための「短刀」と「首吊り用の死出紐」を行衣の中に携えて山に入ります。塩沼氏は1999年、実に1300年の歴史の中で史上2人目という偉業をもってこの千日回峰行を満行しました。

驚くべきことに、その翌年である2000年には、修験道で最も過酷とされる「四無行(しむぎょう)」に入行します。9日間(丸8日半)にわたり、水を一滴も飲まず、食物を一切口にせず、眠らず、横になることも許されないまま真言を唱え続ける行です。医学的見地から見れば、水分補給なしで人間が生存できる限界をはるかに超えた領域であり、満行時には内臓が極度のダメージを受け、体重が激減する命懸けの儀式でした。塩沼氏はこれをも無事に満行し、2006年には「八千枚大護摩供」を成就。まさに現代に生きる伝説の高僧となりました。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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