ネット上の情報やSNSのまとめ投稿では、「伊達政宗が現在のおせち料理に入っている甘い伊達巻を発明した」という短絡的な俗説が散見されます。しかし、食品史研究や古記録の検証からは異なる実態が浮かび上がります。
江戸時代の料理書『料理物語』などの文献によると、当時食されていたのは魚肉すり身に鶏卵を混ぜて焼いた「平焼卵(ひらやきたまご)」に近いものでした。今日のようにお砂糖やみりんをたっぷり含んだ甘みのあるロール状の伊達巻は、江戸中期以降、巻き簾(まきす)を用いた成形技術や調味技術の発達に伴って確立したものです。
ではなぜ伊達政宗と結びついたのか。最大の要因は、仙台藩の開祖として知られる政宗自身の「食への並々ならぬ執着」と「美意識」です。政宗は「馳走とは旬の品をさりげなく出し、主自ら調理してもてなすことである」という名言を遺すほどの美食家であり、料理を外交の武器として活用しました。派手で粋な身なりを好む人を指す「伊達者」のイメージと、巻物(書物)に似せた知性・文化の象徴としての伊達巻のフォルムが後世の職人や商人たちによって巧みに結び付けられたのが真相です。