卒業式の第二ボタンの意味とは?心臓に近い理由と戦時中の起源を解明

卒業式の第二ボタンの意味とは?心臓に近い理由と戦時中の起源を解明

卒業式の第二ボタンの意味とは?心臓に近い理由と戦時中の起源を解明の基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点でまとめました。

学生服の第二ボタンにまつわる最大の疑問は、なぜ第一ボタンでも、真ん中の第三ボタンでもなく「上から2番目」が選ばれたのかという点にあります。この謎を解き明かす鍵は、身体構造上の必然性と、日本が辿った激動の歴史の中に存在します。

まず広く知られているのが、第二ボタン心臓に近い理由です。標準的な5つボタンの詰襟(学ラン)を着用した際、上から2番目のボタンはちょうど左胸の心臓の高さと重なります。古来、心臓は「魂」や「愛情」の宿る場所と定義されてきました。つまり、第二ボタンを相手に手渡す行為は「自分の心(ハート)をすべてあなたに捧げる」という、極めて純度の高い告白のメタファーとして定着したのです。

しかし、このロマンチックな解釈の根底には、より過酷で胸を締め付けられる第二ボタン戦時中の起源が刻まれています。大手学生服メーカーであるトンボのアーカイブ資料や歴史記録によると、この習俗の原型は太平洋戦争期、学徒出陣によって戦地へと向かう若者たちの間で生まれたとされています。

当時、厳しい軍律の下では、衣服の乱れは厳罰の対象でした。最上部の第一ボタンを外してしまうと襟元が崩れ、点呼や軍務においてだらしなさを理由に激しい叱責や制裁を受けます。一方で、上から2番目のボタンであれば、一番上のホックと第一ボタンさえ留めておけば外見上の乱れが目立ちにくかったのです。生きて再び帰れる保証がまったくない戦地へ赴く直前、若きエリート学生や兵士たちは、愛する人や家族に自らの生きた証として「命懸けの分身」を託しました。これこそが、第二ボタン発祥の真相として語り継がれる切ない史実の原点です。

その後、終戦を経て平和が訪れた昭和30年代、1958年の東宝映画『目白三平物語 うちのママの巻』などの劇中で「卒業式に憧れの先輩から第二ボタンをもらう」というシーンが描かれました。これがメディアを通じて当時の若者層へと爆発的に広がり、戦時の悲痛な形見分けから、平和な時代の「恋の告白儀礼」へと鮮やかに昇華されていった背景が取材から裏付けられています。

山口 彩花
著者

山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。