初会見において、マッカーサーの認識を根底から覆したのが、昭和天皇が口にしたとされる戦争責任に関する自己犠牲的な発言です。この対話の詳細は、後に刊行された『マッカーサー回想録』において鮮烈に描写されています。
マッカーサーは回想録の中で、昭和天皇が次のように語ったと記しています。
「私は、国民が戦争遂行にあたって行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁断に委ねるために訪れた」
(Douglas MacArthur, Reminiscences より要約引用)
多くの敗戦国の指導者が自己保身や責任逃れに終始する姿を見慣れていたマッカーサーにとって、自らの生命や処遇を顧みず国民の責任を一身に背負おうとする昭和天皇の態度は、想像を絶する衝撃でした。マッカーサーは「私の前にいる天皇は、生まれながらの君主であり、日本の最高位の紳士であった」と激賞し、この瞬間から天皇に対する敵意や見下す態度を完全に改め、最大の敬意を払う方針へと舵を切ったと述懐しています。
一方で、近年の歴史学界や宮内庁公刊の『昭和天皇実録』の記録、奥村メモの綿密なテキスト比較においては、発言のニュアンスに関する多角的な検証が進んでいます。奥村メモには「全責任」という直接的な文言が一部記録されていなかったことから、マッカーサーが自身の回想録執筆時に脚色したのではないかという議論も存在します。しかし、昭和天皇自身が側近に語った『昭和天皇独白録』などの証言を総合すると、自らの道義的責任を受け止め、国民を飢餓や混乱から救うためにすべてを投げ出す覚悟で臨んでいたことは紛れもない事実として裏付けられています。