「これでいいのだ」本当の意味とは?赤塚不二夫が遺した究極の人生哲学

「これでいいのだ」本当の意味とは?赤塚不二夫が遺した究極の人生哲学

「これでいいのだ」本当の意味とは?赤塚不二夫が遺した究極の人生哲学について見逃せない 注意点を分かりやすい構成で解説いたします。

バカボンのパパが繰り返す「これでいいのだ」というセリフは、表面的な「開き直り」や「思考停止」ではありません。その本質は、「起きてしまった現実、ありのままの自分を一切否定せずに全肯定する」という強靭な覚悟にあります。

実は、作品名である『バカボン』の語源は、サンスクリット語で「覚者」「仏・尊者」を意味する「バガヴァーン(Bhagavan)」に由来するという説が広く知られています。同様に「これでいいのだ」も、仏教の根本思想である「真如(あるがままの真理=タタータ)」を日本語に翻訳したような響きを持っています。良いことも悪いことも、成功も失敗も、すべては宇宙の運行の一部であり、そのままの状態で完璧であるという悟りの境地です。

人間は誰しも、現実が思い通りにいかないときに「こうあるべきだった」「なぜあんな失敗をしたのか」と過去を悔やみ、苦しみます。バカボンのパパは、そうした無駄な執着を「これでいいのだ」の一言で断ち切り、今この瞬間に起きている現実をそのまま抱きしめる術を教えてくれているのです。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。