空前の大ヒットで富と名声を手に入れた「ぴんからトリオ」でしたが、その絶頂期は長くは続きませんでした。デビュー翌年の1973年末、アコーディオンを担当していた並木ひろしが突如としてトリオを脱退。「並木ひろしとタッグフレンズ」を結成して独立する事態に発展します。
当時、表向きは「音楽性の相違」や「各自の将来を見据えた発展的分離」と発表されました。しかし、当時の関係者筋の回想録や芸能報道によると、その背景には「宮兄弟(五郎・史郎)と並木ひろしとの間の力学」および「急激に膨れ上がった巨額のギャランティ配分を巡る確執」が存在していたと指摘されています。メインボーカルとして圧倒的な求心力を持つ宮史郎、リーダーとして裏を取り仕切る兄・五郎の「兄弟の結束」に対し、外部から合流した並木が疎外感を深め、音楽的主導権や待遇面で摩擦が生じたことは想像に難くありません。
並木の脱退後、残された2人はコンビ名を「ぴんから兄弟」へと改称し活動を継続。『ひとり酒』などの佳作を世に送り出しましたが、1983年にぴんから兄弟も発展的解消に至ります。漫才やコミック要素を排し、本格的な演歌歌手として一本立ちしたい宮史郎の志向と、グループとしての体裁を守りたい周囲とのバランスが限界に達した結果でした。こうして宮史郎は完全なソロ歌手へと踏み出し、翌1984年に『片恋酒』をスマッシュヒットさせて再び第一線へと返り咲いたのです。