国宝『風神雷神図屏風』を初めて目にした人が最も強い衝撃を受けるのは、画面の重心である中央部分の完全な開放感です。一般的な宗教画や記念碑的絵画であれば、尊格や主役は画面の中央に堂々と据えられるのが定石でした。しかし宗達は、白と緑に塗り分けられた二神をあえて左右の端、それも画面枠から体がはみ出さんばかりのギリギリの位置に配置しています。
この構図と余白の理由を解き明かす鍵は、屏風という調度品が持つ「立体性」にあります。平らなポスターやデジタル画面とは異なり、二曲一双の屏風は室内で「くの字」に折り曲げて自立させます。鑑賞者が畳の上に正座して見上げたとき、折れ曲がった屏風の中央は奥へと後退し、陰影が生まれます。宗達はこの物理的な奥行きを利用し、左右の神が中央の谷折り部分へ向かって急降下し、すれ違いざまに衝突する一瞬の緊張感を演出しました。
認知心理学における「プレグナンツの法則」や視覚完結作用の視点からも、この余白は計算され尽くしています。人間の視覚は、強烈なベクトルを持つ二つの動体が対峙するとき、その中間に存在する空白に力線(エネルギーの連なり)を無意識に知覚します。金箔で埋め尽くされた中央の虚空は、何もないのではなく、風神が巻き起こす大突風と雷神が轟かせる稲光が充満する見えない大気そのものです。鑑賞者が自身のイマジネーションによって作品を完成させるという、日本画における究極のインタラクティブ性がここに成立しています。