インターネット上のQ&A掲示板やSNSでは、時折「『淋しい』という漢字は常用漢字ではないため間違いである」「テストで書くと減点される誤字だ」といった極端な意見が見受けられます。しかし、これは制度上の規定と日本語本来の豊かさを混同した典型的な誤認です。
公教育の現場である学校の国語のテストにおいて、常用漢字表に基づいて採点される基準下では「淋」が減点対象となるのは制度上の事実です。しかし、常用漢字表の「まえがき」には、「この表は、法令、公用文書、新聞、雑誌、放送等における漢字使用の目安であって、科学、技術、芸術その他の特別の分野や個人の表現にまで及ぼそうとするものではない」と明確に記されています。つまり、国の基準自体が個人の文章表現や文芸の世界に制限を課すことを戒めているのです。
一方で、実務上で注意しなければならない「本質的な誤用」も存在します。それは、客観的な事象に対して「淋しい」を当てはめてしまうケースです。以下の具体例を見てみましょう。
- 客観的な不足や状況描写(「寂しい」のみが適切):
・「今月は出費がかさみ、財布の中身が寂しい」(×財布の中身が淋しい)
・「再開発から取り残され、人通りが寂しい商店街」(×人通りが淋しい)
・「冬枯れの庭は木々の葉が落ちて寂しい景色だ」(×淋しい景色) - 内面的な情感や主観的孤独(「寂しい」「淋しい」の双方が可能):
・「親友が遠くへ引っ越してしまい、心底淋しい(寂しい)」
・「一人きりの部屋で過ごす夜はどうしようもなく淋しい(寂しい)」
物質や人出の不足、景色の荒涼感など、涙や切なさが介在しない乾いた客観的事態に「淋しい」を使うと、日本語として明らかな違和感が生じます。「淋しい」という漢字は、そこに人間の情動や濡れた感情が宿っている場合にのみ輝く文字であることを認識しておく必要があります。