そもそも、このユニークかつ過激な競技はどのように生まれたのでしょうか。飴食い競争の歴史と発祥を辿ると、日本の近代化と学校体育の黎明期に行き着きます。
明治期から大正時代にかけて導入された運動会は、富国強兵を目的とした軍事教練的側面を強く持っていました。しかし大正デモクラシー以降、生徒や住民の親睦を目的とした「余興競技」が導入され始めます。パン食い競争や障害物競走の派生として考案されたのが飴食い競争でした。
戦後、高度経済成長期を迎えると、テレビのバラエティ番組がこの競技を「お笑いコンテンツ」として爆発的に定着させます。「顔を粉まみれにして恥をかく」「無様な姿を晒して笑いを生む」という身体的リアクション芸の文脈が、地域の運動会や社内レクリエーションへと逆輸入されました。当時の日本社会には、集団の連帯感を高める手段として「全員で同じ恥を共有し、笑い飛ばす」という社会心理的メカニズムが機能していた背景があります。